(日本語) Language Beyond #11のレポート 2019年9月22日

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Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. 新しい公差転での、最初のブッククラブの課題本は樋口一葉の『たけくらべ』でした。 まず、同じ作品を読み合っても、現代語訳バージョンと、注釈付きの元の文体に近い状態で書かれたバージョンで読まれていた方がいて、今回私は現代語訳で読んだのですが、ブッククラブでは、元の文体(調べたところ、雅俗折衷体と言うらしい…)で書かれた作者の文章に着目したり、注釈を読むか、分からないところはそのまま飛ばして読むか、などの個々の読み方のスタンスが垣間見えたりして、難しくとも色々な楽しみ方が出来る文章であったことがわかりました。 私自身は、日本文学全集(河出書房新社,2015)の川上未映子氏による現代語訳バージョンを読み、「。」の少ない原文の特徴をそのままに、当時の吉原の熱気をヒリヒリと肌に感じられるような、独特な勢いのある小説の文章に圧倒されていました。 ブッククラブの中で、一葉は、江戸時代に書かれた文章を参照しながら、近代文学を書きあげたレアな作家ではないか、という見方や、彼女ならではの優しい目線で吉原の風俗を描いているといった見方が出てきました。 実際、小説を書いた理由は困窮した一家の生活を支えるためで、短い期間でこの傑作を書いたと言われていて、一葉は、当時の女性としても、本当にレアで凄い作家ではないかと思えました。 また、子どもを描いた文学であり、殴られても愛嬌のある三五郎、面倒見がよく我が儘放題だが、限りある子ども時代を予感させる美登里、など、個々のキャラクター描写にも長けていて、引き込まれるところのある作品でした。 「予感」という言葉が、この作品に通底しているキーワードとも言えるかもしれません。 余談ですが、今回、ソ連時代の不可解なテレビ放送のお話や、ファシリテーターのFさんの行かれたアートなロシア旅行のエピソードも聞けて、ちょこっとロシアな楽しいブッククラブでもありました。おしまい。 (H.Y.) 追記: ブッククラブに参加してくださったSatorさんも、感想をnoteで書いてくださいました。 https://note.mu/iutus_sator/n/n24ac944655be ***

(日本語) 『春巻き』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. 『春巻き』 僕はいつも、 春巻きを買って食べている。 毎日買って食べている。 僕はいつも、 昇龍園さんの春巻きを買って食べている。 毎日買って食べている。 僕はいつも、 セブンイレブンの春巻きを買って食べている。 毎日買って食べている。 僕はいつも、 オリジンの春巻きを買って食べている。 毎日買って食べている。 僕はいつも、 麗彩楼さんの春巻きを買って 食べている。 毎日買って食べている。 僕はいつも、 冷凍食品の春巻きを買って食べている。 毎日買って食べている。 立川に行くと、 エキュートに入っている中華屋さんでも春巻きを買って帰って食べている。 […]

(日本語) Midori Miyakawa

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Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. Midori Miyakawa 夏、大量の汗をかき、ペットボトルの水を持ち歩いた。エアコンの効いた建物の中に入るとほっとした。商業施設はエアコンの冷気を、ドア全開に随時外に送り出すことで、通りすがりの火照った身体に否定しようのない安心感を与え、金儲けを狙う。 プラスチックを使用禁止にした国が増えていることを知る。ストローを使わず、プラスチックの袋をもらわないなど、いくつか心がけている。けれどペットボトルは毎日のように購入していたので、今度はかわいい水筒でも買おうと思ったのだった。アフリカのケニアでは、プラスチックを持って入国すると最高4万ドルの罰金か最長で4年の禁固刑が課されると聞いた。 地球の寿命はどんどん縮んで、南極の氷は溶け、アマゾンが燃えている。 熱射病で人がバタバタと倒れていく東京オリンピックを見たくない。 わたしはあと何回この猛暑を味わうのだろうか。 ————- 「少女像」のあるはずの部屋の前に立ったけれど、びくりともしない白い扉の前で何も見えなかった。加害責任と向き合えない政府の暴力が、わたしの日常で常態化していることを、許してはいけない。加害の歴史について、否定と肯定の両論併記で「どっちもどっち」と言ってはいけない。デズモンド・ツツは、不正な場において中立であることで、私たちは抑圧する者の側に立ってしまうと語っている。 ————- 「この星は、私の星じゃない」 田中美津さんの印象に残った言葉。 自分を映したドキュメンタリー映画の上映後、こんなことを語っていた。 自分なんて大したことないと言うが、大したことないことが、すばらしいと。 そうか、大したことないわたしを、わたしが受け入れてみよう。大したことない人生をゆらゆら泳いでみよう。 わたしがわたしであることは、偶然にすぎない。あなたはわたし、わたしはあなただったかもしれない、そう考えると、他者への共感、連帯が生まれるんだと。 あなたはわたしだったかもしれないって、愛の告白みたいに聞こえるけれど、おかしいだろうか。 この星は、私の星じゃない、という言葉の背景にある、田中美津さんの話を聞いて悲しくなったが、このタイトルがわたしはとても好きだ。 ————- 最近自分の身の回りに起きたセクハラ、性別にまつわる蔑視発言に気を落としていた。記事を読んで怒ったり悲しくなったが、自分にされたことにうまく怒れなかったり、すぐにそれがハラスメントだと認識できない時もある。そのことがあっけなく、悲しかった。ずっとどんより曇り空の下にいるようだった。 精神をすり減らしてしまわないように、安心して夜眠れるように、 一人寝そべっていても、誰かの手とつながって、星空を見上げていられるような。 […]

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