(日本語) 『苦しみ6』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine28 『苦しみ6』 苦しい苦しい苦しいと、 ただただ泣き叫べば良い。 誰も叫んでないからといって関係ない。 どんなに拙くても、 どんなに醜くくても、 居場所を無くしても、 社会的な成功は得られなくても、 叫びたいように叫べば良い。 綺麗事をいって、 自分らしく生きるんだと言ってカッコつけてる奴らなんか気にせず、 お前は堂々と泣き叫べば良い。 答えは出る。 俺は世間の奴らが言うことが、 表現することが、 詰まらない、物足りないと感じるのは、 所詮人間なんていくつかのパターンに当てはまってしまうから、 そのパターンを大体想定できてしまえば、 そんなに驚くような、 胸を打つような、 […]

(日本語) 『気づき』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine 27 『気づき』 「成功者の言葉は信じなくて良い。 無駄な経験もあるんだということを身を持って味わったというのが多少なりとも貴重かもしれないがそんなものは要らない。」 (『終わり〜然るべき場所』より) 「無駄な経験もあるんだということを身を持って味わったというのが多少なりとも貴重かもしれない」 だと…。 それが人生に無駄なものはない、 ということなのか…。 (2020.03.01)

(日本語) 「終わり〜然るべき場所」

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine 26 「終わり〜然るべき場所」 やった。 ここまではやった。 無駄な努力だった。 成し遂げるつもりだった。 でも、 もう駄目だ。 本当にやりたいこと、 行きたいところに行って、 幸せになりたい。 幸せを掴む握力を、 鍛えることができたのだろうか? それよりも僕は実績が欲しかった。 そして、 色んな出会いや体験がしたかった。 どうせ苦しむなら、 もっと絵になるような苦しみを味わいたかった。 視力矯正の不具合なんて寂し過ぎる。 余りにも不毛。 […]

(日本語) 『然るべき場所』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine 25 『然るべき場所』 然るべき場所へ行きたい。 僕が尊重できて、 僕が尊重されて、 僕が本気を出せる、 然るべき場所へ。 どこに行っても物足りない。 どこにも行っても自信が持てない。 退屈で、暇つぶしのように、 どうでも良い場所へ足を運んでしまう。 然るべき場所での顔ぶれはもう頭に浮かんでいる。 もう出会ったことのある人ばかり。 けれど、 話をしたことがない。 昔は僕は、自分をさらけ出せなかった。 まだ、さらけ出せる自分ではなかった。 それがとても悔しい。 まるで意味がなかった。 僕はきっともっと社会と対峙して良かった。 […]

(日本語) 『嫉妬』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine30 『嫉妬』 宇野常寛さんの『リトルピープルの時代』の表紙が、 もし、 仮面ライダー旧1号ではなく、 快傑ズバットかキカイダーだったら、 僕は嫉妬に狂っていただろう。

(日本語) 『直感』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine29 『直感』 直感に従ったら孤立してしまう。 だから僕は直感を疑った。 それでも直感を正しいと信じている。

(日本語) 『怒り』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine 23 『怒り』 小さな怒りかもしれない。 憤りという言葉に置き換えられるかもしれない。 少なからず、 最近、 よく人に言われることで、 腹が立っていることがある。 怒りを表現してはいけないと思っている人がいる、 と、よく言われることがある。 僕は、 怒りを表現できる人だと思っていた。 でも、 押し殺しているのかもしれない。 謙虚で素直な気持ちで、 相手を気遣っているんだと、 無意識に言い聞かせている気がする。 窮屈だ。 毎日が息苦しい。 怒りを表現すれば、 […]

(日本語) 『微睡み』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. kosaten magazine 24 『微睡み』 一言目から抑制している。 良い子ぶること前提に、 今、この苦しみを書き留めようとしている。 もう少しだ、もう少し。 この凡庸に嫌気がさしたら、 思う存分叫べるはずだ。 歌を歌えば解決する。 問題は全て解決してしまう。 頭に、 これまで観聴きしたロックスター達が、 頭をよぎる。 でも、そんなんじゃ物足りない。 地下の溜まり場に、 集い、交わされる何か… 暖かくもあり、怪しくもあり、 だらしくなく、 そして意識は微睡みの中のような… このまま堕ちていきたい… […]

(日本語) 『揚げ物好きが高じて』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. 『揚げ物好きが高じて』 食べることが好きです。 肉や魚、野菜、豆類、卵、お菓子も含めて、 食べることが大好きです。 好きな食べ物や料理を挙げればキリがありませんが、 特に辞められないのが揚げ物、 特に春巻きです。 自分で作ることは余りありませんが、 スーパーやお弁当さん、ショッピングセンターの惣菜を始め、コンビニや冷凍食品も含めて、毎日買って家で食べています。 その食べ方も長年の間に色々と変化してきました。 まず何よりもトースターでコンガリと焼くことです。 惣菜として売られた状態ではパリパリ感が物足りないので、 僕は必ずトースターでコンガリと焦げ目ができるまで焼いてから食べることにしています。 このトースターで揚げ物を焼いている時は僕にとって至福の時間なので、 表面が焦げてしまわないように春巻きにアルミを被せつつ、10分以上、時には20分ほど、 もうそれ以上焼いてもコンガリ具合は変わらなくても焼き続けることがあります。 トースターでコンガリさせながら、 そのトースターの音をBGMにストレッチをしたり、 腕立て伏せをして、 美味しく食べれる身体の状態を整えています。 コンガリと焼いた春巻きをお皿に取り出す瞬間は溜まりません。 肉料理や魚料理を始め色んな料理が好きだし、 […]

(日本語) 『動画撮影の日々』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. 『動画撮影の日々』 毎日、 動画撮影をして、 YouTubeで発信できる環境を整えたい。 自分の経験や考えや、 好きなことや日常の風景や、 誰かと対話している場面を、 映像に撮って表現していきたい。 そう思いながら、 もう、 だいぶ長い時間が経っている。 そう思いながら、 毎日、そのような環境を整えられず、 悶々と過ごしている。 自宅で撮れば良いじゃないか、 という声もあるが、 僕は今住んでいる世田谷区にある実家が余り好きになれず、 どうしても動画を撮影しようという気持ちになれない。 動画だけでなく、 僕は今の自宅にいて作業をするのが苦手だ。 そのような事情で、 今はkosatenメンバーのあるお方にお願いして、だいたい週に一回、 […]

(日本語) 『苦しみ5』

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. 『苦しみ5』 苦しい。 今の状況が苦しい。 視力矯正の不具合による視界の歪みや頭痛や違和感、それらにより、 やりたいことがやれない、 行きたいところに行けないのが苦しい。 暖かいところに行きたい。 でも、行けない。 相変わらず実家のリビングで食事をしながら、 そんなに眺めが良いわけではない景色を、 ボンヤリと眺めている。 ボンヤリと食べている。 苦しい、と身近な人に頻繁にLINEしてしまっている。 身近な人といっても心の支えになっているわけではない。 家族という存在。 それよりも僕は心の支えが欲しい。 僕はとてつもなく弱い。 最近、少しずつではあるが、 動画を撮り始めている。 けれど、 動画ではネガティブなことは余り言えない。 だから、ここで、 […]

(日本語) オマージュ桜の森の満開の下

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. オマージュ桜の森の満開の下 作:カンダタ 桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子を食べて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の下へ人がより集まって酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩して、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが、桜の花の下から人間を取り去ると怖しい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児をを人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり、見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)と いう話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。 「坂口安吾・桜の森の満開の下より」 多吉は親の顔を知らない 多吉は学問を知らない 多吉は眠りを知らない 多吉は女を知らない ただピッキングのやり方は知っていた 都市周辺郊外に建てられた高級マンションの一室の扉を電子ピッキングした 何故その部屋に目星をつけたかは子供の頃から薄気味悪いと毛嫌いしていた桜の木の影になる部屋だったから もう十年そうやって盗んだ金で凌いでいる 「こ、こ、今晩は金持ちの部屋か、つ、ついている」 部屋に入ると骨董価値ありそうなアンティークな家具 大型プロジェクターTV最新家電 膨大な量のクラシックのレコード 昆虫の蛾の標本が飾ってあった 「お、男の部屋か?女か?のっぺらぼうみてえな部屋だな、気味が悪い、寒気がする」 多吉は金目な物を物色しようとしてはたと気が付いた アンティークの家具の横に一体の球体関節人形が置いてあった 「き、綺麗だ今晩は此れを持って帰るとしよう」 […]

(日本語) 最近、つくづく思うこと(オムニバス)

Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. 最近、つくづく思うこと(オムニバス) 今の人類(少なくとも日本に住んでる人)の 最大の敵は孤独や寂しさだと思います 冒頭から蛇足ですが 最近2.5次元という言葉をよく聞きます 2.5次元のあくまでも僕の解釈は 悪い例えで申し訳ないですが 二次元がアニメやそのキャラクターだとして 三次元が現実や人間で 2.5次元は三次元の人間と 二次元のキャラクターとの 境が無くなってる状態だと勝手に思っています (決して否定はしてないです 気分悪くさせたらごめんなさい) 僕が言いたいのは孤独をかなり減らせるのは お互いがお互いの一番の理解者の存在 だと思います そういう人がいれば周りが全部敵でも 砂漠に咲く一輪の花のように きみは間違っていない、応援している と言ってくれたり アドバイスしてくれたりするからです […]

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(日本語) Language Beyond #13のレポート 2019年1月26日

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Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language. このブッククラブで、いつかチェーホフを読んでみたいと思っていました。チェーホフは「偉大な巨匠」というような作家ではないかもしれないけれども、しかしかれほど透徹した視線で人間を観察した人もいないのではないかと思います。わたしがロシア文学に足を踏み入れたきっかけは、やはりあの「偉大な」ドストエフスキーたちでしたが、その後折々にチェーホフを人に勧められてかれの作品と出会い、最初のとっつきづらささえ越えてしまえば、すでにチェーホフがお気に入りの、いや、かけがえのない作家になっていることに気づくのでした。 このとっつきづらさを、チェーホフを初めて読んだ人は感じたのではないでしょうか。それはおそらく、チェーホフの物語が、「大(だい)文学」にしてはあまりにささやかであるというところに一つの原因があると思います。チェーホフの世界は、あの華麗にして壮大なトルストイの世界や負のエネルギーに満ちたドストエフスキーの世界と比べ、あまりにささやかであり、透明であり、うかうかしていると横を通り過ぎてしまいかねないような、そんないわば身体の周囲5メートルほどの世界です。しかしちっぽけなこの「わたくし」にしてみれば、身体の周囲5メートル以内で起きるものごとを除いて、切実なことなどいったいあるでしょうか。 ところで、ささやかで小さな世界といえば、日本には「私小説」というジャンルがあります。しかしチェーホフの場合、「私小説」とも言えない気がします。そこには奇妙なほど「私」が欠けているからです。しかしそれがチェーホフのすぐれているところでもあって、つまりかれは我を通さない、ある一つの価値観によって他者を断じないのですね。──あまりにささやかで、うっかりしていると見過ごしてしまうような「誰か」の世界。大きな物語からこぼれ落ちたみすぼらしい人間たち、生活の中で未来を夢見ることを忘れてしまいながら、それでもなお生きることを諦めきれない人間たち。そこにはいつも、なおもこのどうしようもない世界を生きつづける「わたしたち」の姿があります。 そして、ささやかで見過ごされてきた世界…と考えたときに、チェーホフの作品、特に戯曲では、つねに女性が中心にいることに考えいたります。「かもめ」のニーナ。「ワーニャおじさん」のソーニャ。「三人姉妹」の姉妹たち。「桜の園」の母子。どの劇を観ても、最後に印象に残るのは女性たちの姿です。男性作家が女性を描く際には、つねに権力関係が潜んでしまうものであるとはいえ、チェーホフの場合、その「わたくし」の無さのおかげでしょうか、そうした副作用が最小限に抑えられているような気もします。声高に権利を主張するというのではないけれども、チェーホフの世界では女性が女性として、たしかに生きていて、チェーホフ最後の短篇である「いいなづけ(Nevesta)」の結末などを見れば、チェーホフはたしかにフェミニストなのだ、と納得できる気さえするのです。 そんなわけで、わたしにとってチェーホフはいつだって「わたしの作家」「私たちの作家」…現代的な作家であり続けていて、今回ブッククラブでチェーホフについてみなさんと話すことができたのは、わたしにとってとても嬉しいことでした。『三人姉妹』について、たとえば登場人物の徹底的なまでの受動性──自分から状況を変えようとするでもなく、生々しい現実を前に絶望してしまいながら、ただひたすらに漠然とした「明るい未来=モスクワ」に希望を託して死んでゆく態度──をめぐって、またディスコミュニケーションの問題──劇のなかでは自己完結した独り言が次々に浮かんでは消えてゆきます──をめぐって対話しながら、ますますわたしにはチェーホフが私たちの作家だ、と確信された気がします。 ディスコミュニケーションのあり方は、私たちがツイッターで目にする光景そのものです。そして明るい未来の象徴たるモスクワを決定的に失い呆然として立ち尽くす幕切れ──そこに立ち尽くす三人の姉妹の姿が、どうして私たちそのものでないと言えるでしょうか。私たちのこれからも、きっと「モスクワ」を失った、その地点からしかスタートしないのだと思います。しかしながら、わたしはこの結末に明るさもまた見たいとおもいます。つまり『三人姉妹』の結論は、すべてが終わった地点からもう一度スタートすること、「何のために生きているのか」それを分かりたいと希求しながら、なお生きることを諦めないこと…にあると思うのです。私たちもまた三人姉妹なのだと、お話をしながら静かに思ったブッククラブでした。 (工藤順)