『散らかりレベル5と決意』


Takuya Shimada
『散らかりレベル5と決意』

☼ある日。駅前のスーパーの地下一階に行くと、青梅の入った袋とシソの入った袋がとなりにならべて置かれている。

抱き合わせ商法、という言葉があたまの中にわき起こるのを振りはらいつつそのわきを通過。

お肉コーナーではエンドレスで今日も「にーくーだいすきー」という歌詞のみの音楽が大音量でかかっている。

ある日。バナナはなぜおいしいのかというと、それは人間のために改良して作られた果物であるからという説を耳にする。

その夜寝床で、もしも自分が人間に食べられる側だとしたら、としばしかんがえはじめてしまい、ねむれなくなる。

紫陽花がきれい。いつも写真を撮ろうとして、見とれたままで終わっている。こんなことではいけない(?)とおもいつつ今日こそはと接近するもカメラ付きのケイタイ電話を自宅に置いてきたことに気づき、しばし歩道に立ち尽くす。近くの小学校では緑のネットをくぐってスズメたちがちゅんちゅんとさえずりながら遊んでいる。

☽ある日。近所をぶらぶら散歩しながらふと、大晦日に近所を歩いていて職務質問をされたときのことを思い出す。ねむれない夜に近所を二十おうふくほど延々と歩いていたところを、パトカーに乗った警察官ふたりに声をかけられたのである。

リュックとポケットの中身をぜんぶ出すようにやや強い口調で言われる。煎餅の入っていたビニールぶくろだの鼻をかんだ後のティッシュだのぞろぞろとゴミばかりが出てくる。警察官の年配のほうの男性がややたじろいでいる様子なのに気づき、おもわず赤面する。解放されたあと、今年こそは警察のひとおよび年配のひとにごかいされるようなこうどうをつつしむことを決意。

キャップのつばを前後ろにかぶる人たちは、帽子の本来の用途をはたしていないのではないか、という長年のもやもやがある。それは、実用ではなく、おそらくファッションなのである。しかも似あう人を選ぶ、おしゃれ上級者むけのファッションなのである。それで外出して電車にのるのは、だいぶハードルが高いのである。なんどかためしてみつつ、神経がもたず、徒労。今世では帽子をまえうしろにはかぶらないことを再度こころの中で決意。

部屋のなかのちらかり具合が10段階のうちレベル5くらい(当社比)になってきたことにききかんを覚えかたづけを開始する。本棚からあふれてなだれをおこす本をつみあげるたびにしみじみと、なだれをおこさない本をつくってくれたらノーベル賞ものだよと思いつつとりあえずその場につみあげなおす。そもそも本がおおすぎるのでは?という内心のこえに耳をふさぎつつまたくずれるであろう本のタワーをみっつほど建設。

雨がどしゃ降りの日のやや混んだ夕方の電車内に、キュウテイシャシマスというアナウンスが流れる。踏切内に人が立ち入った模様。優先席前に立っている二人の妙齢のご婦人(しり合いか?)が話しているのがきこえる。「あら、ふみきりわたりきれなかったのねえ」「おとしよりのひとかしらねえ。大丈夫なのかしら」それからしばらくして踏切内のあんぜん確認が取れたというアナウンスがながれる。「あらあ無事でよかったわねえ」とよろこびあう婦人二人の会話を聴きつつほんわかとなごみつつ運転再開。ご婦人がた、ソノセツはほんわかをありがとうございました。