「公-差-転でどこまでできるのか?」


「公-差-転でどこまでできるのか?」

僕は公-差-転でこのような問いを何度も発してきた。

その問いに対して公差転に参加している人たちからの明確な答えは、

一度も返ってこなかった。

 

実際には、

今の公-差-転では個人の切実な境遇や問題意識について語り合う状況は、

充分にはできていないと僕は感じている。

少なくとも僕は出来ていない。

 

もちろん、それほど切実な境遇や問題意識について語らなくても、

居心地の良い居場所としての機能が果たせれば良いのかもしれない。

 

それでも僕は、

僕が公差転に居続ける限りにおいては、

僕にとって公-差-転が居場所として機能する限りにおいては、

いや、多少は居心地が悪くなっても…

「公-差-転でどこまでできるのか?」

という問いを発信しつつ、

語り合える切実度の度合いを高めていく実践をしていきたいと思う。

 

その実践の1つとして、

以前noteに公開した下記の2つの記事を、

kosaten magazine で紹介したいと思う。

 

「熟成下書き」~『S先生の課題』

https://note.mu/masaki_iguchi/n/n38a5bdd35642

 

熟成下書き2~『S先生の課題(表舞台)』

https://note.mu/masaki_iguchi/n/n20084e1f9841

 

「「熟成下書き」~『S先生の課題』」に書いたように、

 

《「自分の境遇や問題意識を人々や社会に伝えていきたい」という想いがある僕としては、

少しずつその躊躇いを解消していき、

発信していきたいと思う》。