『心地良い対話を求めてしまうという、 苦手意識』


kosaten magazine  38

『心地良い対話を求めてしまうという、
苦手意識』

また、今日も、
視力矯正の不具合を改善するための然るべき行動が、
取れなかった。

明日も取らないつもりでいる。

対話の場に出掛けて行って、
視力矯正の不具合を改善するための当事者研究を実現するためだと言い聞かせて、
半ば、現実逃避を無理矢理正当化しながら、
明日も、
然るべき行動を取らないつもりでいる。

僕は今、
頭に浮かんでいる眼鏡屋さんと眼科が一件ずつ存在する。

そのどちらも何度か足を運んでいて、
視力の検査を行なっている。

けれど、
眼鏡を作成したり、
コンタクトレンズを購入するまでには至らなかった。

どうしても、
眼鏡店のスタッフや、
クリニックの眼科医や検査員に、
心地良い対話を、
お互いに尊重し合い、
理解しようとする姿勢を、
求めてしまう。

相手にこちらの感覚や問題意識を尊重し、
理解しようとする姿勢を求めてしまう。

それが僕の苦手意識。

心地良い対話を求めてしまうという、
心地良いというより、
そもそも「対話」というものを求めてしまう、僕の苦手意識。

対話だけじゃない。

僕はその眼鏡屋さんの雰囲気も、
眼科のクリニックの雰囲気も、
何となく苦手だ。
検査を受けるのだって、
やっぱりシンドイ(もうこれまで何度も受けて来た…んだ)。

この苦手意識を改善しないと、
僕の人生は変わらないのだろうか。

この苦手意識を志だと貫いて、
現実逃避の先送りをし続けて、
時間を無駄にしてしまう日々の繰り返しを、
これからも続けてしまうのだろうか?

どうして吉報が訪れないのか。

この先は本音を語ることになってしまうため、
どうしても告白できない。

やはり、本音を告白するためには、
カウンセリングルームという安心安全の場に甘えるしかないのだろうか。
(2020.03.19)