『最強のコーチと日本一のコーチ』


『最強のコーチと日本一のコーチ』

今のこの俺のコーチになれるコーチは、
最強のコーチだと思う。

今の俺が然るべき行動が取れるようになるためには、
俺が、日本一高い志や問題意識を持っていると感じるような知性のある人との出会いが必要だという、
直感がある。

俺のコーチになるやつも、
そんな高い志や問題意識を持てるだけの知性と実力がなければ務まらない。

いわば、
最強のコーチだと思う。

数年前、
俺にコーチングを教えてくれた師匠は、
日本一のコーチだった。
恐らく世の中には、
もっと知名度の高い、
実績のあるコーチがいるだろうが、
俺は俺の師匠が日本一だと勝手に思っている。

俺はそのコーチからビジネスコンサルティングも受けていて、
いよいよ独立しようかという話になったが、
視力矯正の不具合を抱えているため、
どうしてもビジネスの世界へは踏み出せなかった。
そして、ひきこもりの問題や、
視力矯正の不具合を抱える中で芽生えた問題意識を捨てきることができなかった。

俺はそのように師匠に伝え、
師匠の元を去った。

師匠の元を去ったその日だったか、
少し経った日に会った時だったか忘れたが、
コーチングとは別に、
ある貴重な、とても有難いお誘いを頂いたことがある。

けれど俺はその場では返事が出来ず、
師匠はもし俺がその気になったら連絡をくれと言っていたが、
俺は何年も連絡をせず、
1人で自分の道を切り開くための生活を始めた。

自分の道を切り開く、
というとカッコが良いが、
実際は、不思議な言い方かもしれないが、
とても不本意で、惨めな道だった。

話が逸れるので元に戻す。
この記事では主に俺の師匠について書きたい。

ただ、こうして何度も自分の人生を振り返っていると、
自分史というのを改めて、
今度はもっと丁寧に書いてみたいと思う。

ただ、自分史を勢いではなく、
丁寧に書こうと意識し出すと、
それを文学作品に結実させたいという衝動に駆られ、
かつ短く圧縮させて密度を濃くしようと思い出すと、
悔しいが、
どうしても村上春樹の『風の歌を聴け』
を意識してしまい、
どうも自分のオリジナルな道を切り開いていないようで少し嫌になる。

また話が逸れ出した。

俺のコーチはとにかく、
俺は日本一のコーチだと思っている。

視力矯正の不具合を改善するための然るべき行動が取れるように自分をサポートしてくれるコーチを探そうと思った時、
最初は確か、
師匠以外のコーチを探してみたが、
どうも上手く見つからないので師匠に連絡を取ろうとしたが、
師匠のメールアドレスは現在は使われていないらしく、
連絡を取ることができなかった。

師匠と付き合いのあった当時、
交流のあった人たちに片っ端から師匠のことを訪ねたが、
今、師匠がどこでどうしているか、
誰も知らなかった。

音信不通だった。

…僕は、
もしかしたら、
もうこの世にはいないのではないかとさえ思った。
師匠は余りにも天才肌だったから…
それとも、
天才であるがゆえに凡人である僕らとは一切縁を切って、
どこかでその才能を発揮させているのかもしれないという想いもよぎる。

いずれにしても、
僕は師匠に会えないでいる。
そして僕は師匠に会いたいと思っている。

僕はその後、
現在までも、
然るべき行動が取れるように自分をサポートしてくれるコーチを探しているが、
新しいコーチに会うたびに師匠と比べてしまい、
物足りなさを感じてしまう。

それに、
僕自身がコーチングを学んでしまったこともあり、
相手がやろうとしていることが分かってしまうか、
想定内の対話が繰り広げられ、
新しい気づきや、
然るべき行動が取れるための何かが起こらず、
やはり、
物足りなさを感じてしまう。

時には怒りも感じさせる。

師匠が当時、俺に言ったことは本当だった。

まだコーチの世界については右も左も分からず、
コーチやカウンセラーといった人たちとも余り会っていなかった僕には全く見えていない世界が、
師匠には手に取るように見えていた、
のだと思う。

師匠の元を去ってから、
何十人かのコーチに会い、
若い世代の間で流行っているのか、
コーチングを身につけた若い世代達の雰囲気をみていると、当時、師匠が僕に言った言葉の真実が、
だんだん分かるようになってきて、
寂しさを感じるようになっている。

そして、あの時、師匠を信じて一歩踏み出せなかった自分を強く後悔している。

……

先行く人がいないのは寂しい…。
(2020.04.14)