[:ja]オマージュ桜の森の満開の下[:]

[:ja]オマージュ桜の森の満開の下[:]

[:ja]オマージュ桜の森の満開の下

作:カンダタ

桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子を食べて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の下へ人がより集まって酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩して、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが、桜の花の下から人間を取り去ると怖しい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児をを人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり、見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)と いう話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。
「坂口安吾・桜の森の満開の下より」

多吉は親の顔を知らない

多吉は学問を知らない

多吉は眠りを知らない

多吉は女を知らない

ただピッキングのやり方は知っていた

都市周辺郊外に建てられた高級マンションの一室の扉を電子ピッキングした

何故その部屋に目星をつけたかは子供の頃から薄気味悪いと毛嫌いしていた桜の木の影になる部屋だったから

もう十年そうやって盗んだ金で凌いでいる

「こ、こ、今晩は金持ちの部屋か、つ、ついている」

部屋に入ると骨董価値ありそうなアンティークな家具

大型プロジェクターTV最新家電

膨大な量のクラシックのレコード

昆虫の蛾の標本が飾ってあった

「お、男の部屋か?女か?のっぺらぼうみてえな部屋だな、気味が悪い、寒気がする」

多吉は金目な物を物色しようとしてはたと気が付いた
アンティークの家具の横に一体の球体関節人形が置いてあった

「き、綺麗だ今晩は此れを持って帰るとしよう」

球体関節人形は最初に震えそれから音声が流れた

球体関節人形は近頃独身男性向けに発売された

セクサロイドだった

「お、お前喋れるのか、な、名前はあるのか?」

「ワタしハヒビヒビ

アア、イやダ、オブッテオクレよ」

桜の森の満開の下、人形を 抱えた大きな影が夜の帳に消えて行った

多吉は嫌いだった桜が好きになった

「さ、桜は、つ、ついている」
其れから幾晩か過ぎた

「アア、イヤダ、ワタシハオマエニヌスマレタカラ不自由な生活をシテイル」

「お、お前が欲しがる物はなんでも盗んできてやったじゃねぇか」

「オマエハ、無学で田舎者ダカラ都会の女ノ暮らしガ分かカラナイ

わタシはBABy,のべべが欲しい」

「わ、わかった今晩お前もこい望む洋服を盗んで来てやる」

桜の森の満開の下の夜

何軒かピッキングで入った部屋は女の部屋だった

「お、お前の望む洋服はこれか?」

「コンナべべデハナイ、お前はナサケナイな」

ピッキングで不手際をしたことのない多吉だったが

人形を連れてきたことで

隙があった部屋の住人の女が帰って来たのを気が付かなかった

「ひいい!泥棒!!!」

「ひ、ひびひびまずい」

「その女のべべが欲シイ」
「ひ、ひびひび逃げるぞ」
「ソノ女殺シナ」

「お、俺は殺しはしない!」

「後生だから助けて!」

「イイカラ殺しナ」

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桜の森の満開の下に人形をおぶった影があった

多吉は人形が恐ろしくなった

おぶった人形を投げ出したくなったが

人形が自分で自分が人形になったように混合していた

おぶった人形が重くなった気がした

人形はひびひびではなかった

人形は鬼だった

多吉は鬼を振り払い鬼の首を絞めた汗が流れた

そして気がつくと横たわっていたのは

桜の花びらに埋もれたひびひびの残骸だった

多吉は産まれて初めて泣いた

多吉はひびひびの顔の上の花びらをとってやろうとすると多吉の手の下には降り積もった花びらばかりで人形の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになっていた

そしてその花びらを掻き分けようとした多吉の手も多吉の身体も伸ばした時にはもはや消えていた。

あとには花びらと、冷たい虚空がはりつめているばかりだった。[:]